占いは使い方次第

  • 投稿日:
  • by

雑誌や新聞に占い欄があり、テレビの朝の情報番組にも必ずといっていいほど占いコーナーがあります。占う対象は誕生日や星座、血液型などのポピュラーなものから、コーヒー占いやガンダム占いなど、どうやって占うのか想像もつかないようなものまで数多くの種類があるようです。どんな占い名を聞いても、それほどの驚きを覚えることがないのは、それだけ日本人が占い好きで、生活に根づいているからでしょう。
それほど慣れ親しんでいる占いですが、占いを信じるかどうか?となれば、話は別です。もちろん全く信じていないと言えば嘘になるでしょう。でも、全てを信じているか......と言われたらイエスと答える人は稀なのではないでしょうか。
全てを信じることのできない原因の最たるものとして、対象の分類数の少なさがあります。たとえば12星座占いでは、全ての人が12に分類されますし、血液型占いではそれが4種類になるわけです。そんなに大雑把な分類をする割には、細かい性格付けがされていたりすると、同じような人がそんなにたくさんいるのかしら...と疑わしい気持になります。
誕生花占いのリーフレットを眺めると、まず、自分の誕生日を調べ「ふーん、この花ね」と鼻を鳴らし、次に彼の誕生花、親しい友人、家族は...と調べます。何人調べても感想は「ふーん」に尽き、そもそも365日毎日に花を当てはめたのは誰で、その根拠は何かしら、という疑問が浮かびます。
生まれた日や血液型や誕生花で何かを決めつけられるのは嫌だと反発する心がある一方で、今日のラッキー星座やラッキー血液型に選ばれたら、少しだけ気持ちが明るくなります。その時には、今日がラッキーである根拠は何か...などとは考えません。反対に、今日のアンラッキー星座に選ばれてしまっても、占いは必ず回復のためのラッキーアイテムをセットにしてくれてあります。ラッキーアイテムが、ラーメンであれば、昼食をラーメンにすればいいし、野良猫であれば、通勤の道すがら近所の公園で野良猫に小さな声でおはようの挨拶をすればいいわけです。
母の誕生日に買ったまあるいケーキに、お花を一輪つけようか、と思いつき花屋さんへ行きます。さて、何の花にしようかな、そうだ、母の誕生花にしようとひらめいた時、これはグッドアイディアだと我ながら嬉しくなります。
毎日、それほど代わり映えのしない生活の中で、どこかの誰かが勝手に決めてくれたラッキーな日とアンラッキーな日。ラッキーな日は素直に嬉しいし、アンラッキーな日は、それに対抗する手立てを提示してくれて、自分の力でそのミッションを遂行することで、自分の未来を自分の手で切り拓くことが出来たという充実感が得られます。
日常の中の小さな非日常。それがそれほど信じていない占いを見続けてしまう楽しみなのかもしれません。